未払い残業代を請求されたら|会社がとるべき初動と解決までの流れ
退職した従業員から内容証明郵便が届き、「過去の残業代を払ってほしい」と書かれていた。こうした相談は中小企業でも珍しくありません。最初の対応を誤ると、請求額が膨らんだり、他の従業員との関係が悪くなったりすることがあります。
この記事では、未払い残業代を請求されたときに会社が最初にやるべきこと、時効3年の考え方、労働時間の確認と未払い額の計算、労働基準監督署の調査・あっせん・労働審判といった解決の流れ、そして同じことを繰り返さないための見直しまでを順に説明します。
請求してきた従業員を「敵」と決めつけず、事実にもとづいて誠実に対応することが、結果として会社の負担を小さくします。
請求を受けたときの初動
すぐに反論せず、請求の中身を確認する
まず、誰が、いつからいつまでの、どの労働時間について、いくらを請求しているのかを確認します。回答期限が書かれていれば、その日付も控えます。電話や口頭で「そんな残業は命じていない」と即答すると、後で記録と食い違ったときに会社の説明の信用が下がります。「事実を確認したうえで回答します」と伝え、確認の期間をもらうのが基本です。
期限までに確認が終わらない場合も、無視はしないでください。回答がないと、労働基準監督署への申告や労働審判の申立てに進む可能性が高くなります。
記録を保全し、社内の窓口を一本化する
タイムカード、勤怠システムのデータ、パソコンのログ、入退館記録、業務日報、賃金台帳などを集め、廃棄や上書きをしないよう社内に指示します。労働基準法第109条により、出勤簿などの労働関係の記録は、当分の間3年間の保存が義務づけられています。対応の窓口は経営者か担当者1人に決め、現場の上司が個別に本人と連絡をとらないようにします。
時効は3年、請求に含まれ得るもの

賃金の請求権は当分の間3年
2020年4月の労働基準法改正で、賃金請求権の消滅時効は5年に延長され、当分の間は3年とされています(労働基準法第115条・附則第143条)。対象は2020年4月1日以降に支払日が来た賃金です。残業代は毎月の給料日ごとに時効が進むため、請求を受けた時点から遡って3年分が問題になるのが一般的です。
なお、内容証明郵便などで請求(催告)を受けると、そこから6か月間は時効の完成が猶予されます。「3年を過ぎた月の分は払わなくてよい」と自己判断せず、どの月が対象になるかを専門家と確認してください。
本体の残業代以外に上乗せされるもの
未払い残業代そのもののほかに、次のような金額が加わることがあります。
| 項目 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 未払いの割増賃金 | 時間外・休日・深夜労働の割増賃金の不足分 | 労働基準法第37条 |
| 遅延損害金(在職中) | 民法の法定利率。2026年4月から2029年3月までの期間も年3% | 民法第404条 |
| 遅延利息(退職後) | 退職日の翌日から年14.6% | 賃金の支払の確保等に関する法律第6条 |
| 付加金 | 裁判所が未払額と同じ額までの支払いを命じることがある。請求できる期間は当分の間3年 | 労働基準法第114条・附則第143条 |
退職後の遅延利息は利率が高いため、退職者からの請求は時間がたつほど負担が増えます。支払うべき部分が明らかになったら、早めに清算するほうが結果的に安く済むことが多いのはこのためです。
事実確認のポイント
客観的な記録で労働時間を確かめる
厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)は、始業・終業時刻をタイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記録などの客観的な記録を基礎として確認するよう求めています。自己申告制の会社では、申告された時間とパソコンのログや入退館記録との間に大きなずれがないかを確認します。
「労働時間」に当たるかを一つずつ見る
労働時間とは、使用者の指揮命令の下に置かれている時間をいいます。たとえば、始業前の朝礼や着替えが義務づけられている時間、電話番をしながらの休憩、上司の指示で行った持ち帰り仕事などは、労働時間に当たる可能性があります。一方、会社が禁止していたのに本人の判断で残っていた時間などは、事情によって判断が分かれます。
会社側の前提が正しいかも点検する
「管理職だから残業代は不要」「固定残業代を払っている」という前提が、法律上通用するかも確認が必要です。労働基準法上の管理監督者に当たるかどうかは、役職名ではなく、経営に関わる権限、勤務時間の裁量、地位にふさわしい待遇といった実態で判断されます。固定残業代も、基本給と区別されていない、超過分を精算していないといった場合は、残業代の支払いと認められないことがあります。
未払い額の計算方法
1時間あたりの賃金と割増率
月給制の場合、1時間あたりの賃金は「月給÷1か月の平均所定労働時間」で出します。月給には基本給のほか、家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時の賃金、1か月を超える期間ごとの賃金を除く手当を含めます。家族手当や住宅手当も、人数や家賃に関係なく一律に払っている場合は含める必要があります。
| 種類 | 支払う条件 | 割増率 |
|---|---|---|
| 時間外労働 | 1日8時間・週40時間を超えたとき | 25%以上(月60時間を超える部分は50%以上。中小企業も2023年4月から適用) |
| 休日労働 | 法定休日(週1日)に働かせたとき | 35%以上 |
| 深夜労働 | 22時から5時までに働かせたとき | 25%以上 |
仮定の計算例
たとえば、年間休日125日、1日の所定労働時間8時間、月給30万円(除外できる手当なし)の人の場合です。1か月の平均所定労働時間は(365日−125日)×8時間÷12=160時間、1時間あたりの賃金は30万円÷160時間=1,875円です。毎月20時間の時間外労働が払われていなかったとすると、1,875円×1.25×20時間=46,875円が1か月分の不足額です。3年分(36か月)では約169万円になり、これに遅延損害金が加わります。
会社側でも同じ計算をして、請求額との違いがどこから生じているのか(労働時間の認定、基礎賃金の範囲、割増率など)を項目ごとに整理しておくと、話し合いが進めやすくなります。
解決までの主な流れ
当事者どうしの話し合い
事実確認と計算ができたら、会社の考えを書面で回答します。支払うべき部分は認め、争いのある部分は理由を示して説明します。合意できれば、支払額、支払日、これ以外に債権債務がないことを確認する条項を入れた合意書を作ります。
労働基準監督署の調査
従業員が労働基準監督署に申告すると、監督官が会社に来たり、資料の提出を求めたりすることがあります。労働基準法違反が確認されると是正勧告書が交付され、未払い分を遡って支払い、期限までに是正報告書を出すよう求められます。調査には誠実に協力し、記録を隠したり書き換えたりしないことが大前提です。
労働局のあっせん
都道府県労働局の紛争調整委員会による「あっせん」は、弁護士などの専門家が間に入り、双方の話し合いによる解決を目指す制度です。利用は無料で、手続きは非公開です。参加するかどうかは任意ですが、早期に解決できる機会として前向きに検討する価値があります。
労働審判と訴訟
労働審判は、裁判官1人と労働関係の専門家2人の労働審判委員会が、原則として3回以内の期日で審理し、調停を試みる手続きです。裁判所の資料では、平成18年から令和6年までに終了した事件の平均審理期間は82.6日とされています。審判に異議が出れば訴訟に移ります。訴訟では、判決で付加金の支払いを命じられることがある点に注意が必要です。
| 手続き | 主な特徴 | 会社側の留意点 |
|---|---|---|
| 話し合い | 費用と時間が最も少ない | 合意書を必ず書面で残す |
| 労基署の調査 | 法違反があれば是正勧告 | 記録の提出と是正報告が必要 |
| あっせん | 無料・非公開、参加は任意 | 合意しなければ打ち切り |
| 労働審判 | 原則3回以内の期日で審理 | 第1回期日までに主張と証拠をそろえる |
| 訴訟 | 判決で強制力のある結論 | 長期化しやすく、付加金のリスクがある |
支払いを決めたときの実務

合意書と支払いの処理
未払い残業代は賃金にあたるため、支払うときは源泉徴収などの処理も必要になります。支払う時期や方法によって社会保険料や税の処理が変わるため、給与計算の担当者と事前に確認しておきます。合意書には支払額の内訳(残業代、遅延損害金、解決金など)を明記しておくと、処理の根拠がはっきりします。
他の従業員への影響を考える
一人の請求で未払いが判明した場合、同じ働き方をしている他の従業員にも未払いがある可能性が高いと考えるべきです。労働基準監督署の是正勧告でも、対象者全員について遡って確認するよう求められることがあります。請求した人にだけ支払って終わりにすると、後で同じ請求が続くことになりかねません。
再発を防ぐための見直し

労働時間の把握と残業の申請ルール
客観的な方法で労働時間を記録し、残業は事前申請と上司の承認で行うルールを作ります。承認されていない残業をしている人がいたら、その日のうちに声をかけ、業務量の見直しにつなげます。記録と実態がずれない仕組みが、未払いの発生そのものを防ぎます。
36協定と時間外労働の上限
法定時間を超えて働かせるには、36協定(時間外・休日労働に関する協定)の締結と労働基準監督署への届出が必要です。時間外労働の上限は原則として月45時間・年360時間です。協定の内容と実際の残業時間を毎月照らし合わせ、上限に近い人がいれば早めに手を打ちます。
賃金制度と就業規則の点検
固定残業代の定め方、管理監督者として扱っている人の実態、割増賃金の基礎に入れる手当の範囲を点検し、必要なら就業規則と雇用契約書を改めます。制度を変えるときは、従業員への丁寧な説明と、不利益な変更にならないかの確認も欠かせません。
よくある質問

元従業員の請求額が明らかに多い場合、どうすればよいですか
会社側で記録にもとづいて計算し直し、どの部分に違いがあるかを示して回答します。全額を拒否するのではなく、認める部分と争う部分を分けて伝えると、話し合いで解決しやすくなります。
タイムカードがなく、本人のメモしか証拠がない場合は
会社には労働時間を適正に把握する責任があるため、記録がないことは会社に不利に働くことがあります。パソコンのログ、メールの送信時刻、業務日報など、会社側が持つ資料を探して実態を確認してください。
在職中の従業員から請求された場合、気をつけることは
請求したことを理由に配置や評価で不利益な扱いをすることは避けてください。新たな紛争の原因になります。通常どおり仕事を任せながら、事実確認と話し合いを進めます。
「残業代は請求しない」という誓約書があれば払わなくてよいですか
労働基準法で定める割増賃金は、本人が同意しても支払いを免れることはできないと考えてください。誓約書があることを理由に支払いを拒むことは難しいです。
労働基準監督署から呼び出しがあったら、何を持っていけばよいですか
通知に書かれた書類を準備します。一般的には、労働者名簿、賃金台帳、出勤簿やタイムカード、就業規則、36協定届などが求められます。わからない点は事前に監督署に確認しておくと安心です。
社労士にはどこまで相談できますか
労働時間や賃金の確認、未払い額の試算、労働基準監督署の調査への対応、再発防止のための規程づくりなどをご相談いただけます。特定社会保険労務士は、労働局のあっせんなどで代理人を務めることもできます。訴訟や労働審判の代理は弁護士の業務です。
まとめ
未払い残業代の請求を受けたら、すぐに反論せず、請求の中身を確認し、記録を保全することから始めます。時効は当分の間3年で、退職者には年14.6%の遅延利息がかかるため、支払うべき部分は早めに清算するほうが負担を抑えられます。
客観的な記録で労働時間を確かめ、管理監督者や固定残業代といった会社側の前提も点検したうえで、話し合い、あっせん、労働審判などの手続きを選びます。そして、労働時間の把握と賃金制度を見直し、同じ問題を繰り返さない体制を作ることが、従業員が安心して働ける職場づくりにつながります。
蓮池社会保険労務士事務所では、未払い残業代の請求を受けた会社に向けて、労働時間の確認と未払い額の試算から、労働基準監督署への対応、再発防止の規程整備までサポートしています。大阪を中心に対応しています。サービス内容と料金案内をご覧のうえ、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。
参考(公的機関の情報)
- 労働基準法(e-Gov法令検索)
- 厚生労働省「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」
- 神奈川労働局 川崎北労働基準監督署「割増賃金の計算方法」
- 厚生労働省「個別労働紛争解決制度(労働相談、助言・指導、あっせん)」
- 裁判所「労働審判手続」
- 法務省「法定利率」
※本記事は2026年10月時点の法令・制度にもとづく一般的な解説です。個別のケースでは結論が異なる場合があります。